整体の道を歩むすべての同志たちへ

「整体起業家」という新たな職能を提案する

47歳の時、私は24年間勤務した会社を辞めた。
いわゆる脱サラをしたのだ。

私はサラリーマン時代、職人に憧れた。
専門知識と技術を身につけ、誰にも負けないくらいに磨き、深め、高める。
それによって人に喜ばれ、正当な対価をいただく。
コツコツと、誠実に、正直に生きる。
そんな職人になりたかった。

しかし私は、世間一般に存在する整体師には、興味なかった。
まったく魅力を感じなかった。
そればかりか、いかがわしい仕事とさえ思っていた。
実は、今もそう思っているのだが(笑)。

では、なぜ整体師に転身したのか。
それも、脱サラというとても大きなリスクを背負ってまで。

それは、今は亡き師匠に出逢ったからである。
師匠が、私の魂を揺さぶるような、整体や整体師のあり方を示してくれたからである。

初めて出逢った時、師匠は私にこう言った。

「俺はね、この整体で日本を変えたいんだよ」

その一言に、私は雷に打たれたように、大きな衝撃を受けた。
全身が震えた、魂が目覚めた。
生涯の師に出逢い、自分の道を見つけた感動と安堵感に、号泣した。

サラリーマン時代、私は本当に生き辛かった。

終わりのない経済競争に身を投じる、虚しさと罪悪感。
自分の運命を他人に委ねる、不安と恐怖。
組織に束縛され、自由に発言や行動ができない、息苦しさ。

囚人輸送のごとき満員電車で通勤する苦痛、嫌悪感。
自分にまったく価値が感じられない、無力感と悲しさと悔しさ。
何もできないまま時間が過ぎて行く、焦燥感と絶望感。

心を病んだ。
辛くて、苦しくて、悲しくて、いっそのこと消えてしまいたいと、いつも思っていた。

でも、この人についていけば、この状態から脱することができるかも知れない。
まったく違う人生を歩めるかも知れない。
夢と希望を持って、力強く生きていけるかもしれない。

そのためなら、どんなことでもしようと思った。
そして、なんとしてでも、自分の夢をかなえようと思った。

あれから、間もなく9年になる。
この間、多くのものを失い、傷付き、人生のどん底を味わった。
今も、相変わらず、問題山積だ。

しかし、私は夢をかなえた。
そしてさらなる大きな夢と希望を持って、今を最高に幸せに生きている。

最も身近な自然である身体をきっかけに、日本人が本来持つ精神性と自然観を目覚めさせる。
そこから日本の社会を変えたいと、本気で考えている。
日本人が、本来の日本人らしさを取り戻せば、それは世界を変える力になると思うからだ。

どんな世界を目指すのか。
ヴィジョンが、すべてを牽引する力となる。

地球や自然に対する、傲慢と冒涜を反省するために。
人間だけでなく、すべての命を尊重する世界を取り戻すために。
誰もが安心して、自分らしくあれる社会を実現するために。

私は、整体師という職人だ。
同時に、明確なヴィジョン持つ整体起業家である。
事業として、高い能力と人間性を備える整体師、かつ整体起業家を育てている。
死ぬまでに、1,000名が目標だ。

優れた整体師、かつ整体起業家を目指したいという、奇特な人はいないか。
あえて狭き門、険しい道を選ぶ、勇気ある人はいないか。
自分がもともと持つ可能性に目覚め、最高に幸せな生き方をしたいと切望する人はいないか。

このブログを通じて、まだ見ぬ同志に私は語り続ける。

「整体起業家」とは

まずは並外れた、優れた整体師である。
だから、高い技術と感性、良心と信念、温かい人柄を備える。
私利私欲に塗れず、公に資する心を持つ。
整体をツールに事業を起こし、よりよき社会を目指す。

そんな人財である。

「あなたも整体で高収入が稼げます」

そう謳った方が、はるかに人は集めやすいだろう。
しかし、それは私の本意ではない。
不器用と言われようが、そんな募集の仕方はしたくない。

幸せとは、高い収入によって得られるものではない。
自分をどこまでも磨き、高め、成長させること。
それにより、人と社会に尽くすこと。
常に自分らしく、自立して、自由に生きること。
それが幸せであり、収入とはその結果、得られるものに過ぎない。

現在、治療院は、掃いて捨てるほど存在する。
だから、もう要らない。

腕のよい治療家も、たくさんいる。
だから、もう要らない。

そんな市場に素人が参入しても、生き残れる確率はごくわずかだ。
仮に生き残れても、競争激化に加担するだけだ。

それに、病める人々に真に必要なのは、治療ではない。
真に必要なのは、命の素晴らしさ、豊かさに目覚めることだ。
与えられた恵みに感謝して生きることだ。
日々、自分の命を精一杯輝かせて生きることだ。

その導き手になろう。
新たな場所、新たなコミュニティを作ろう。
自分にしかできない事業を起こそう。
競わず、争わず、まったく違う道を歩もう。
命の限りを尽くそう。

一度しかない人生、それに懸けてみないか。
一緒に、この素晴らしい道を歩まないか。